先住民の健康:鍵となる自己決定権
8月9日は、国連が定めた「世界の先住民の国際デー」であり、90カ国に4億7600万人いる先住民の権利について認識を高め、光を当てる日となります。この記念日は、先住民族とその健康にとって画期的な年になるでしょう。
2023年5月、世界保健総会は先住民の健康増進を目的とした前例のない決議を採択しました。この決議には、WHOに2026年までの世界行動計画の策定を義務づけるとともに、加盟国に対して先住民の健康増進のための野心的な義務が盛り込まれています。その中には、先住民が医療を受ける状況を改善するための国家計画の策定、可能であれば伝統医療と補完医療を保健システム、特にプライマリ・ケアとメンタルヘルスに統合すること、先住民を保健従事者として訓練し採用することなどが含まれています。植民地化、強制移住、抑圧の結果、多くの先住民族が直面している深刻な不平等を少しでも減らすことが望まれています。
先住民族という言葉は、多くの点で粗雑であり、経験、ニーズ、希望、課題、機会、生き方が大きく異なる5000もの多様な文化同士の関連を奪って、均質化してきました。しかし、特に健康に関しては、共通点と互いに結び合っている領域があります。私たちが2016年に発表した「先住民の健康に関するシリーズ」によると、オーストラリア、カメルーン、カナダ(ファースト・ネーションズ「カナダ英語: First Nations:カナダに住んでいる先住民のうち、イヌイットもしくはメティ以外の民族のことである」)、グリーンランド、ケニア、ニュージーランド、パナマでは、先住民の平均余命が非先住民の平均余命よりも5年以上短くなっています。妊産婦死亡率、乳幼児死亡率、メンタルヘルスは特に懸念される事項です。環境の公平性に関する近年の保健政策では、先住民の共同社会が気候変動による病気や死亡に関して他の住民より大きな負担に直面しているとの議論がありますが、環境保健政策への先住民の参加や関与は、せいぜい形だけのものとなっています。
先住民のリーダーシップ、知識、文化的表現、そして継続性と回復力を尊重し、支援し、優先させることは、保健衛生全体において不可欠なものです。オーストラリアの先住民は、COVID-19の大流行の初期に、政府から独自の対応を主導する権限を与えられたことで、COVID-19から受ける影響について当初の格差を逆転させることができました。先住民の主権は、文化的関連性と先住民の医療従事者の活用に焦点を当てた共同社会を中心とする取り組みと相まって、北極圏におけるCOVID-19の影響を緩和する上で重要な役割を果たしたとみることができます。
自己決定はこれらの目的の中心にあります。しかし、ブラジルでは失望する事例も生じています。先住民の健康を支えてきたキューバ人医師のネットワークは解体され、先住民の土地影響を与える熱帯雨林の破壊は52%増加しました。ブラジル司法省は、違法採掘の爆発的増加によって保護地が放棄され、破壊されたヤノマミ族に対する集団虐殺の告発を調査しています。2023年初頭にルーラ新政権がとった最初の措置のひとつは、先住民女性のソニア・グアジャハラが率いる先住民保健省を新設し、先住民の健康を優先させることでした。しかし、議会はすでに同省の重要な権限を剥奪し、先住民の土地を画定する権利を奪うと同時に、先住民の土地に対するこれまでの主張の多くを無効とする評決を進めています。先住民族であるグアジャハラはこうした動きを「大量虐殺的」だと非難しています。
オーストラリアでは恐怖があります。先住民の自己決定の問題は重大な岐路に立たされています。オーストラリア国民は今年末、住宅、雇用、健康など、先住民の生活に関わる問題について政府に助言する独立機関「アボリジニ・トレス海峡諸島民の声」を設立する憲法改正案を国民投票で決定することになっています。オーストラリアの先住民族は、政府による健康格差是正の度重なる失敗を目の当たりにしてきました。修正案が採択されれば、先住民の健康改善における重要な一里塚となるでしょう。しかし世論調査によると、修正案への支持は過去6ヶ月の間に低下してい来ています。
先住民の健康についての議論は、しばしば不利な状況に焦点が当てられています。しかし、それは単に解決すべき世界的な健康問題ではないのです。WHOの憲章が認めているように、健康とは単に病気や不調がないことではなく、身体的、精神的、社会的に全うな幸福、福祉を享受できる状態なのです。先住民の共同社会とその健康が繁栄するためには、先住民が自らの運命を自己決定できなければならないのです。
原文記事:Indigenous health: self-determination is key - The Lancet