研究ノート5:著作の性格と研究の方向性
2020年05月15日
久野収は加藤周一との対談[1]の中で次のように述べている。
世界的に各学問の領域のモデルになっているアメリカの社会学の進歩の問題、その方法、内容、性格の問題もひじょうに大事ですね。マルクス主義の全体化方向に対して、内容を細かく部分的に区切って、その内容の説明に分析的方法を手徹底的に使用し、内容を没価値的に扱っていく、….
エドワード・ホールは「かくれた次元[2]」の中で次のようにまえがきを起こしている。まじめな読者にとって面白い本に二つのタイプがある。特定の知識の体系を伝達すべく構成され、方向づけられた内容のものと、構造すなわち事象がどのようにオーガナイズされているかを扱ったものである。(中略)著者がこの二つのタイプの違いを意識していることは望ましいことである。
翻って拙著Poor Quality Pharmaceuticals in Global Pubic Healthをどのように書いたかを思い出してみると、Prefaceのところで次のように記した。
「本書は不良医薬品問題についての最新の解説書ではない。不良医薬品問題はいまだ継続している。本書のスコープはIMPACTの成立からmember state mechanismへの移行という、時間的に一区切りと考えてよい国際的な動向に焦点を当てる。そこから不良医薬品問題について一つの解釈を与え、教訓を学ぶことを目的としている。」
久野とホールの言葉を借りれば、拙著PQPは不良品質医薬品という個別の事象を対象として、その込み入った構造を見ようと試みたものと言えるだろう。その一方で、著者は問題の発生が、グローバル化によって世界が分断されて生じた格差と切り離すことができないことを示唆した。言い換えれば、個別に扱う問題が、より大きな視点に移りうるということもできる。
アマチュア研究者として、巨大な知識体系がどのように成立するかを論じることは手に負えるものではないが、個人的な経験では、個別に得た知識が、他の知識と線で結びつき、線として連なった知識が面を形成し、面が立体を形成する、ということを実感している。このことを援用すれば、小さなレンガの積み上げ(個別研究)がいつかは大きな構造物の形成につながるという可能性を否定できない。基礎工学部が理学部と工学部の間をつなぐものとして誕生し、生物工学が生物学と工学・理学をつなぐものとして生まれたとすれば、学際的Interdisciplinaryという領域の広がりは、社会学が自然科学から取り入れようとしている方法論なのかもしれない。
ところでイリッチの脱病院化社会という論文をどのように理解すべきか。現在彼の著作について読書ノートを進めているところなので、結論めいたことは書けないが、およそ次のような印象を持っている。
1) 本の構成からみると、臨床的医原性、社会的医原性、文化的医原性という階層構造として医原性の進展(拡散あるいは浸食)を捉えている。
2) 彼は医療そのものを否定しているわけではない。病人が医療制度の中に取り込まれて患者として扱われ、その行き過ぎが人間としての尊厳、自律性を喪失させることの危険性に警告を発している。
第一点は医原性が個人と社会にどのような影響を各方面、各階層にもたらすのか、という視点であり、第二点は人間社会が作り上げてきた体制・制度というものの本質を捉えようとしたものである。後者の方がより普遍的な視点である。結局のところイリッチは二つのタイプの両方を模索したのではないだろうか?
中川米造は環境医学への道[3]の中で次のように述べている。教育にしても保健にしても、近代のシステムに欠けていたのは、この主体性であり、別の言葉で言えば参加であった。(中略)教師や医療者は、全てを押し付け操作することを基本としてきた。教師と学生は生産者と消費者と同じように別の存在としてふるまった。医師と患者も同様である。中川は同書の中で、イリッチ論に章を割いているところからすると、上記の引用はイリッチの主張に共感していることを示すものであろう。
私は当初、イリッチの脱病院化社会を医原性の本質を論じたものと捉えようとしていたが、第二点までを視野に入れた再解釈にするべきかどうか迷っているところである。すなわち人間社会が発明した制度・体制の本質を含めて医原性を理解しようとする視点・姿勢である。医療制度や学校制度はその切り口に過ぎないのかもしれない。言い換えれば医原性自体が社会制度、文化の中でどのような影響を受け、また反対に医原性が社会制度、文化に作用していくか、というという視点となる。
[1] 加藤周一対談集-歴史・科学・現代- .ちくま学芸文庫.2010.
[2] Edward T. Hall (1966). The hidden dimension. みすず書房.1970.
[3] 中川米造.日本評論社.1984.