研究ノート7:シンボル化
2020年06月29日
ジョン・コンドンは米国の社会学者である。彼の著作の一つである「ことばの世界[1]」は1972年に書かれたもので、50年近く我が家の本棚で眠っていたようである。コミュニケーション入門とあるが、「ことばの環境」が主題である。医学が環境を論じるとき、自然環境が真っ先に思い浮かぶが、「ことばの環境」という視点は私にとって斬新なものであった。本書によって刺激を受ける点はいくつもあるが、中でもことばの意味論から引き出された「シンボル化」という概念は興味をそそられた。コンドンは本書において、言葉がシンボルを形成するプロセスの十分な説明を省いているように思われるが、私なりの理解は次のようなものである。
人間の行為はある範囲内で無数にあるが、それらを短い言葉で括ってしまうと無数の行為が一つのことばに集約され、「シンボル」となる。例えば「テロ」という言葉を聴くとき、国内外で起きた数知れない類似の事件を代表する「無法行為」のシンボルの一つとなる。「彼はテロリストであった」という言明を聴くならば、彼が無慈悲、無政府主義の人間であったと思うかもしれない。シンボルはこのように無数の類似の行為を一くくりにして推量の範囲を広げることができる。
逆に、「9.11事件」という言葉(シンボル)を聴くと無数の国際的テロ事件のいくつかを具体的に思い浮かべ、さらには文脈全体の趣旨を推し量ることも可能である。このように言葉が持つシンボル化という作用は、人間の思考にとって省エネのプロセスでありうるので、ヒューリスティックな思考形態(回路?)を別の側面から捉えたものともいえるかもしれない。それだけにシンボルに囲まれているということは、言葉=シンボルという環境に人間が存在するということと同義である。シンボルの持つ力は相当に強烈であると考える。ステレオタイプの思い込みを容易に与えることができる。
WHOが天然痘の撲滅を宣言したのは1980年である。世界には3500以上の病原体のなりうると考えられているウイルスのうち、現在まで撲滅できたのは天然痘ウイルスだけである。しかしこの撲滅宣言はWHOの輝かしい勝利宣言であり、現在でも予防接種の推進はWHOの公衆衛生上の基本戦略であり政策である。すなわち「天然痘」は、WHO、予防接種、ワクチン、撲滅可能、公衆衛生、現代医学の勝利…などのシンボルとなった。逆に「予防接種」という言葉(シンボル)を聴くと、乳幼児を持つ母親は定期接種を受けさせることに大きな疑問をもたないだろう。シンボルは人の行動もパタン化する力がある。
シンボルと似ている言葉に「レッテル」がある。コンドンのことばの世界のなかではレッテルについて言及していないが、レッテルもまたイメージを固定化する作用を持っているという意味でシンボルと似ている。違うところはレッテルという言葉にはネガティブなニュアンスが幾分でも含まれているところであろう。「彼はエイズ患者である」という表現は、エイズという不治の病、放蕩な性関係を匂わす。実際に彼がエイズに感染したのは、血友病治療のための血液製剤に混入していたHIVによるものであったとしても[2]、また薬物治療によって健常人と変わらぬ生活と寿命が得られる時代になってもである。医学の進歩、医療技術の発達、医療インフラの拡充の良い面のみをシンボル化した環境に私たちが取り囲まれることによって、医原性の範囲と強度は拡大、上昇するのではないだろうか?
[1] ジョン・コンドン(1972). ことばの世界.サイマル出版会
[2] 日本で最初のエイズ患者集団は、血友病治療のために米国から輸入された血液製剤原料がHIVにより汚染されていたことによる。