Poor Quality Pharmaceuticals in Global Public Health

寝庵出樽人の著作紹介

 

この本は寝庵の住人がアカデミアの森に迷い込み、学位を目指した時の論文を下敷きにして書き下ろした学術書である。共著者は指導教官であった中村安秀先生である。本書を出すにあたって、いろいろな方々のお力を頂いた。本を世に出すことは本人の力、努力だけではできないことを痛感する。ここで改めてお世話になったすべての方々に感謝申し上げる。

本書の要約

本書の構成はPart IとPart IIからなる。それぞれの章立ては以下のとおりである。

はじめに

第1章:医薬品とはどのような財なのか?

Par I:グローバル化における医薬品

第2章:世界に流通する模造品、低品質の医薬品、偽造品および医療の問題

第3章:世界保健機関(WHO)

第4章:品質とグローバル化を準備した標準化

第5章:医薬品のグローバル化の潮流

第6章:IMPACTとその行き詰まり

Part II:ローカルな市場と人々の行動

第7章:インドネシアにおけるケーススタディ:自己治療と医薬品

第8章:インドにおけるケーススタディ:医薬品市場とセーフティネット

第9章:日本の保健医療サービスを事例として

第10章:グローバルなセーフティネットを目指して

第11章:教訓(エピローグ)

第1章: 医薬品とはどのような財なのか?

本章では医薬品という財が現実の世界でどのよう関わるものであるか、ということをいくつかの異なる立場から見る。医療と医薬品は不可分の関係にあり、それらは医師と患者の間を介在する財である。より大きな視点では、医薬品は国家により管理される財、公衆衛生のツール、WHOの医薬品政策、NGOの支援活動、経済産業振興、新薬とジェネリック医薬品(知的財産)、流通など社会の各領域に関わっている。生命と健康に直結する財であるために、財としての外部性は良くも悪くも極めて大きい。それゆえ現実の世界では医薬品が関わるいくつもの領域において複雑な利害が生じている、という視点が必要である。

医薬品は社会との相互作用の中でその価値の現れ方が異なる。社会性を国際性と置き換えても同じことが言えるであろう。この社会性、国際性こそが不良医薬品問題と密接にかかわっているというのが本書の出発点である。

Key words: Pharmaceuticals, Poor Quality, Social Goods, Conflict of Interest

Part Iの要旨

本書の第一部Part Iは不良医薬品問題をグローバルな視野で捉えることを試みる。

第一に、不良品あるいは偽造品や模倣品の流通は世界のどこでも観察されるビジネスである。不良医薬品は健康と生命を脅かすために、これと闘い、根絶しなければならないという国際機関と先進国の主張は明確である。

第二に、WHOは194の加盟国を擁する国際機関である。しかし加盟国の国内課題と発展段階は加盟国内で一様でなく、加えてWHOの医薬品政策が知的財産権を挟んで、先進国と新興国・途上国との間にもたらした緊張を考察する。

第三に、現代医薬品が世界に普及したことと、不良医薬品問題が途上国から先進国まで拡散したことにはおそらく強い関連がある。その関連性について品質を規定する規格の役割の視点から考察する。

第四に、不良医薬品問題はいわゆるグローバル化の時期に発現した事象と絡んでいる。それらの事象が問題の複雑化に寄与したことを俯瞰する。

Part I の最後はWHOが主導したIMPACT(タスクフォース)の行き詰まりである。多くの加盟国と国際機関が参加したIMPACTが発足した後、数年のうちに行き詰った背景には多くのステークホルダーの利害が絡んでいたことがある。

 

第2章: 世界に流通する模造品、低品質の医薬品、偽造品および医療の問題

世界は模造品、偽造品のビジネスで満ち溢れている。不良医薬品はその普遍的なビジネスの一部分である。医療の中だけに現れた特異的な現象ではない。不良医薬品問題の一端は悪意のある犯罪者の行為の結果であり、他方の端では悪意は必ずしもないが、技術が未熟な行為の結果である。その両端の間に、どちらとも境界が判然としない複数の動的な状態が存在している。それは何故なのか。この複雑で込み入った問題を判断するための系統だったデータは乏しく、信頼がおける分析は今までのところ不十分である。それにもかかわらず、断片的な情報とデータをつなぎ合わせ、問題の実態を整理する作業が必要である。

不良医薬品問題のうち偽造医薬品は一般の財の模倣品と共通する部分がある。どちらも正規品ではないということ、そして一般に正規品より品質が劣り、安価であることである。

Key words: Imitated, Counterfeit, Fake, Global Trade

第3章:世界保健機関(WHO)

WHOには世界の公衆衛生の政策を主導する地位と役割を与えられている。その方針と活動はその憲章で定められている。WHOの政策は世界の公衆衛生の課題と密接なかかわりがある。本章では、WHOが使命とする現代医療の推進と、そこから生じる矛盾について検討する。

第一はWHOの使命がWHO憲章に基づいていることを確認する。第二にWHOの健康の定義が人々に心理的な影響を及ぼし、その影響がWHOの使命と矛盾なく結びついていることを考察する。WHOのグローバル化したミッションは、現代医療と現代医薬品が世界に普及する要因である。第三は現代医療がもたらす矛盾、すなわち貧困の再生産という負の側面について観察する。

Key words: WHO, Mission, Biomedicine, Health, Poverty

第4章:品質とグローバル化を準備した標準化

IMPACTでは規格外医薬品の定義は明示的ではなかった。それは「規格」というものが自明のものであるという前提があると考えられる。医薬品の製造には国際的にGMP(Good Manufacturing Practice)という概念と規範があり、これを守れば品質はコントロールされる、という前提である。不良医薬品を議論するとき、犯罪でなければGMPの技術的な問題であると、二者択一的に結論付けられる傾向にある。しかしその考え方でよいのだろうか?

現代医薬品が工業製品として規格を持ったことは多くの利点を生じた。国を越えた薬物治療の互換性が可能となり、技術移転を可能として医薬品の製造と使用が世界に普及した。さらに医薬品の規格、標準化は疾病の概念とそれに対応する医薬品の適応症を厳密化させることで一層の医薬品の発展のサイクルを形成した。一方で世界への普及は品質問題も拡散させる土壌であった。

 

Key words: Quality, Standardization, Compatibility, Technology transfer, GMP

 

第5章:医薬品のグローバル化の潮流

医薬品の品質問題がグローバル化したのは、医薬品を取り巻くネットワーク上のいくつかの事象の相互作用による。それらは、新興国における医薬品産業の台頭と先進国との補完構造、貧富の拡大、先進国の大手製薬企業の躍進と影響力、品質向上に関する先進国クラブ、エイズの流行と新興国、途上国の公衆衛生の課題、先進国による知的財産権の独占などである。

 

これらの事象がグローバル化の時代に生じ、ネットワークの中で相互作用したことを観察することで、不良医薬品問題の同時代性が理解できる。それらの事象をNgram viewerのデータで観察すると、グローバル化の数十年のうちにこれらの事象が集中的に発生した状況の視覚的な理解を助ける。これらは次章での分析に必要な情報を整理し、準備する。

 

Key words: Globarization, Emerging Country, IPR, Monopoly, Pharmaceutical Industry

 

 

第6章:IMPACTとその行き詰まり

WHOが主導して組織されたIMPACTの内部に国際的な利害対立が存在した。加えて新興国、途上国は先進国に対する感情的な不満を抱いていた。IMPACTの事務局では分担した重要な役割は全て先進国が担った。

 

新興国と途上国は問題の当事者でありながら、運営から疎外されていたと言えよう。品質問題は極めて感情の問題でもあった。WHOが主導したIMPACTがわずか数年のうちに行き詰ってしまったことは不良医薬品問題を理解する上で不可欠である。IMPACTの行き詰まりには、問題の複雑性を解き明かす材料が含まれているはずである。これまで不良医薬品問題をIMPACTの失敗という視点から考察したものは著者が知る限りにおいてない。本章は前章で取り上げた、WHO/IMPACT及びPharmaceuticalsを取り巻いて発生した事象や潮流がIMPACTの行き詰まりとどのような関係があったのかを考察する。

Key words: IMPACT, WHO, Counterfaeit medicines, Declaration Of Rome

 

Part II:ローカルな市場と人々の行動

Part Iでは医薬品を取り巻くGlobalな状況について述べてきた。Part IIでは加盟国のLocalな事例を観察する。医薬品には世界共通の側面と、各国固有の状況下で決まる二つの側面がある。事例として新興大国であるインドネシアとインド、及び先進国として日本を取り上げる。

Part Iがグローバルの視点であり、Part IIが国別の事例であるので、二つのパートの視点は垂直関係にある。さらにアジアの3か国を事例として取り上げることは、同じアジアの域内の水平的な事例であると同時に、新興国と先進国という対比を見る。

これらの事例はいずれもアジアである。アジアではことに不良医薬品の報告が多い。インドは高い品質のジェネリック医薬品の供給源でありながら一方で偽造医薬品の供給源とも非難されている。中国についてもまた不良医薬品の報告が多い。片や日本の医薬品の品質は高い。この違いは何から生じているのか。

第7章インドネシアの事例では自己治療という現象が、医療市場へのアクセスの課題と、市場が分離していることを観察する。

第8章インドの事例では、インドがジェネリック医薬品の供給大国になったと同時に、偽造医薬品の供給大国と非難されている状況が何に由来するのかを観察する。

日本の正規の医療サービス市場では不良医薬品は単発的な事件となっても、社会的な問題となることはないといってよい。第9章日本の事例はインド、インドネシアとの比較対照という意味で取り上げる。

不良医薬品問題には世界共通の側面と各国固有の状況の側面との絡み合いがある。これら3つの事例の比較考察から不良医薬品問題の実像と問題が解消しない原因に迫ることを試みる。

 

第7章:インドネシアにおけるケーススタディ:自己治療と医薬品

地域的Regionalな現象の最初の事例として、インドネシアにおける自己治療という現象を取り上げる。処方箋医薬品を医師の処方を経ずに入手し、自己の判断で治療に用いる現象は世界各国で見られる。世界の各国で見られる不適切な自己治療は貧困者に多い。貧困者の多くは公的な健康保険制度で守られていない。貧困層の人々には医薬品への直接的なアクセスは貧困者の防衛行動である。それは貧困者にとってまともな医療サービス市場が形成されていないことを意味する。Jakarta post (2008)によれば、正規流通品の40%は偽造医薬品か規格外医薬品であると報じられており、インドネシアは依然として偽造医薬品のlucrativeな市場である、と報じられている。

本章では抗生物質による自己治療を事例とした、インドネシアにおけるフィールド調査から、自己治療と医療サービス市場の実態について考察を行う。

Key words: Indonesia, Self-medication, Access to Medicines, Healthcare Market

 

第8章:インドにおけるケーススタディ:医薬品市場とセーフティネット

インドは新興国を代表する大国である。医薬品産業は輸入代替に成功したばかりでなく、先進国にも厳しい査察をクリアしてジェネリック医薬品の供給源となっている。その一方で、インドは偽造医薬品の供給源であるとの国際的な非難を受けてきた。この章では著者がデリー市及びその郊外で医薬品の流通業者と地域薬局でインタビュー調査を行った結果を基にこの二重性について考察する。

 

インドの医療は基本的に無料であり、医薬品は公的なDipensary systemを通じて安価に供給されている。製薬産業界は大手企業と零細な企業群に分かれている。大手企業は世界の先進国にジェネリック医薬品を供給できるレベルである。他方、零細企業はDispensaryへの供給を主としている。Dispensaryへの入札は価格優先の交渉であり、加えて役人の賄賂要求が供給サイドにおける品質向上のモチベーションを低下させている。

Key words: India, Dispensary, Bribery, Generic Medicnes, SSI

第9章:日本の保健医療サービスを事例として

日本の大手製薬企業の品質管理部門の担当者は、「不良医薬品問題は複雑である。逆に言えば日本ではなぜ品質問題がないのかと問うことができる」とインタビューに答えている。日本では医薬品へのアクセスと医療へのアクセスは同義である。医療サービス市場は国民皆保険制度という法律的基盤に立脚して一体である。その基盤は日本国憲法第25条によって、全ての国民の生存権が保障されているところに帰着できる。

国民には公的制度に支えられた医療サービス市場にアクセスするインセンティブがあり、供給、流通を担う民間部門にもこの市場へのアクセスを最大のビジネスとするインセンティブがある。この二つのインセンティブを薬事行政が効果的に結びつけ、医薬品の品質を良くしている。

Key words: Japan, Universal Health Coverage, Incentive, Constitution, Right of Life

 

第10章:グローバルなセーフティネットを目指して

不良医薬品の世界的な拡散と流通は、先進国の製薬企業の利益を脅かす「問題」である。同時に新興国、途上国にとっては公衆衛生を脅かす「問題」である。二つの「問題」は絡み合って複合した事象となっているために、見る角度によって異なる様相を見せ、また異なる解釈が可能である。

一国の経済は、外国、政府、企業、家計の4部門からなる。その総体は地域社会と国際社会を形成している。不良医薬品問題は、各国内部と国際社会におけるフォーマルセクター、インフォーマルセクター相互の経済活動の結果である。

公衆衛生を横軸とし4部門における実情と課題を縦軸とした議論は、私達に多元的な認識を持つことを要求する。最終的に、私たちはどのような価値観に基づき、より良い行動原理を持ちうるのか、という問いに行きつく。

Key words: Public Health, Informal Sector, Political Commitment, Safety Net

 

第11章:教訓(エピローグ)

先進国と新興国、途上国の相互作用と利害の対立は、今日のグローバル化の本質的な側面である。相互作用と利害の対立はランダムに発生するのではなく、世界への影響を規定する初期条件に大きく依存している。WHOの憲章や知的財産権の枠組みはそのようなものである。ODAは高所得国から低・中所得国への所得移転である。それは移転先国のキャッシュフローを改善するが、ストックは自動的には改善しない。日本が近代国家に向かおうとした時の僥倖は、お雇い外国人の貢献がストックの蓄積に寄与したことである。人材に蓄積されるストックこそが内的発展の源泉である。

Meadowsは、「何かや、誰かのせいだと考え、自分たちに責任がないとし、外にある手段に焦点を当てることで問題の解決が図られてきた。例えば飢餓、貧困、環境劣化、経済の不安定性、失業、慢性疾患、薬物中毒、戦争などは、分析と素晴らしい技術にもかかわらず問題は消えない。その理由はこれらが本質的にシステムの問題であるからだ」とし、システムの再構築だけが、解決に向かわせることを強調した。それは即効的な解決策がないことを意味する。国際支援は支援する国々のストックを蓄積する方向に集中し、支援を受ける国は社会の分断を放置しない強固な政治的意思を持たなければならない。

(→360infoによるWhen the choice is between poor quality medicine and no medicine at allの関連記事 Special Report :Bad medicine)

 以上

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