75歳となったNHS:修復を必要とする政府との協力関係
1948年7月3日、国民保健サービス(NHS)の誕生に先立ち、保健大臣でNHSの立役者であるアニューリン・ビーバンは、ランセット誌に次のように寄稿しました。「私の仕事は諸君に施設や設備、経営資源、装置そして支援を与えることである。諸君はプロフェッショナルとして技術を駆使し、何ものにも邪魔されることなく判断するのである。これからはこの協力関係を発展させていこう」と。それは、NHSを実現する改革に抵抗する多くの医師たちの不安を和らげるためのメッセージでした。NHSの導入は偉大な功績であり、それ以来、公平性を核とした健康の目覚ましい進歩を成し遂げてきました。多くの国々が国民皆保険を実現する方法を模索している現在、NHSの基本原則は今でも有用なモデルとして役立ちます。しかし今日、NHSにとって最大のストレステストであったパンデミック、歴代政府による深刻な慢性的な予算不足、何度も繰り返された無益な政治的再編、そして心底幻滅し、過小評価された労働力が労使紛争に追い込まれた結果、協力関係を目指したビーバンのビジョンは失敗に終わったように見えます。75年前に謳われたNHSの創設理念が損なわれる危機に瀕しているのです。
イギリス国民の90%は、医療サービスを受けるときに無料である医療を公平に利用できるというこれらの原則に、今も大きく依存しているものの、医療制度に対する満足度は過去最低となっています。多くの人々にとって、医療を受けることは困難になっているのです。予定手術の待ち時間は最大2年間となり、一次医療の予約を取るのも困難、長い待ち時間とひっ迫した事故・救急システムは完全に手一杯で、救急車は順番待ちとなり、がん治療やケアの遅れは当たり前です。なぜ英国の医療制度はこのような危機に瀕するようになったのでしょうか?
その理由は、6月26日に発表されたキングス・ファンドの新しい報告書で明らかにされています。英国は他の高所得国と比較して、一人当たりの医療費が平均以下となっています。設備投資や医療能力も遅れています。人口100万人当たりのCTやMRIスキャナーの数は、ドイツの69.8台に対し、英国は16.1台しかない。人口1000人当たりの病院ベッド数は、ドイツが7.9床であるのに対し、英国は2.5床、人口10万人当たりの集中治療ベッド数は、ドイツが28.2床であるのに対し、英国は7.3床しかありません。英国は医師と看護師の数が著しく少なく、海外で訓練されたスタッフに大きく依存している状況です。特に一次医療の医師不足が憂慮されています。給与は、他国では上昇しているのに対し、実質ベースでは減少しています。
世界で最も古い公的医療保険制度を持ち、所得に応じて保険料を負担し、必要性に応じて医療を提供するドイツでは、患者の体験は大きく異なっています。ほとんどの患者は、1日~2日以内に一次医療の予約を取り、希望する開業医の診察を受け、さらに数日以内に診断検査を受け、ほとんどの外科的治療は数週間以内に受けています。英国の患者体験がこれほど劣悪な状態が続けば、医療成果に悪影響が出るだけでなく、十分な資力を持つ人が民間医療にお金を払うという不平等な二層構造の発展が加速されることになります。これが現政権の暗黙の目標だと主張する人もいるのです。
来年の総選挙では、医療制度に対するイギリス国民の思いが重要な役割を果たすことになるでしょう。どのような政府であれ、国の繁栄にとって健康な国民が重要であることを過小評価するのは深刻な見誤りとなるでしょう。
原文記事:The NHS at 75: a partnership in need of restoration - The Lancet