子宮内膜症:なぜ進歩が遅いのか
Nature Genetics誌に最近掲載された論文では、月経周期全体にわたる子宮内膜の包括的な地図が詳細に示され、子宮内膜症に関わる可能性のあるプロセスについて新たな知見が明らかになりました。 子宮内膜症は、子宮内膜に似た組織が子宮外で成長する際に起こる慢性疾患です。 症状は様々ですが、多くの女性は重度の月経痛を経験し、その他にも大量出血、妊娠しにくい、疲労感などの婦人科領域と全身性の症状を訴えています。細胞マッピングは、子宮内膜症の原因を特定するのに役立つ可能性があり、新たな診断法や治療法の開発につながるかもしれません。この開発は有望ですが、基礎科学が臨床にこぎつけるまでに長い道のりがあります。
原因不明で診断が遅れることから「見逃されている病気」とも呼ばれる子宮内膜症は、生殖年齢の女性の10%に影響を与えていると推定されていますが、治療の水準は容認できないレベルです。治療を受けるには診断が不可欠ですが、診断を受けるまでに時間がかかりすぎます。英国では、子宮内膜症の検査が行われる前に、58%の女性が医療機関に何度も足を運んだと報告しており、世界的に見ても、診断を受けるまでに平均7~9年もの期間を要しています。この疾患は生活の質に多大な影響を与え、多くの女性が慢性的な痛みに苦しんでいます(米国では、3分の2以上の女性が学校や仕事を休んだ経験があると報告しています)。また、不安やうつ病を併発するケースも多く見られます。
確定診断は腹腔鏡検査によって行われますが、外科的介入が必要なため、費用が高額で、受診が難しいのです。そのため、検査には大きな格差があり、マイノリティ集団の人々が不平等な影響を受けています。複数の国々を対象としたメタ分析では、黒人女性の受診率は白人女性よりも50%低くなっています。低所得国および中所得国についてのデータは限られています。 腹腔鏡検査後の診断率が高いという報告もあるが(ナイジェリアでは最大48%)、有病率は高所得国よりも低いとされることが多く、診断率の低さは有病率の過小評価に繋がっています。 治療法は、組織の外科的切除、ホルモン療法、鎮痛剤の投与などがあり、これらの選択肢は数十年間ほとんど変わっておらず、効果の程度は様々なのですが、症状のみを治療ターゲットとしています。手術までの待ち時間が長いことが多く、5年以内に50%まで再発率が上昇します。ホルモン療法は副作用により中止されることが多く、女性が妊娠を望む場合には使用できません。
子宮内膜症の女性患者の治療結果がこれまで芳しくないことは、女性の健康格差がもたらす深刻な影響を浮き彫りにしています。数十年にわたる資金援助や研究の怠慢により医療技術の革新が妨げられ、性差別や性差別主義により女性が最適な治療を受けられない状況が生まれています。特に月経痛は広く「正常」と見なされており、月経や性交痛などの他の症状について話し合うことへのタブー意識と相まって、多くの女性が医療介入を遅らせ、あるいはまったく求めないことを意味しています。 医療支援を求めたとしても、症状は軽視されたり、過小評価されることが少なくありません。 高所得国では、この事実を示すデータは数多く存在しますが、低・中所得国の調査結果も早急に必要です。
各国政府は、子宮内膜症が健康に多大な負担を強いていることに徐々に気づきつつあります。オーストラリア、フランス、デンマークでは、子宮内膜症に関する国家行動計画(NAPE)が策定されています。子宮内膜症の認識を高めるなどの取り組みは重要ですが、政府は、診断までの時間や外科的治療の待ち時間を短縮するなど、定量的な目標を掲げることも必要です。そうでないと、政府に説明責任を求めることは困難です。オーストラリアはNAPEを5年間実施していますが、これまでのところ介入の有効性を測る指標は存在せず、これは新たな取り組みの優先事項とすべきものです。最近になって注目が集まった結果、研究への資金提供が幾分か増加してきました。米国立衛生研究所は1,300万米ドルから2,700万米ドルに資金提供を増額しましたが、子宮内膜症には依然として、他の慢性疾患よりもはるかに少ない額しか割り当てられていません。資金提供は疾病負担の割合に応じて増額しなければなりません。
基礎科学の進歩は重要です。なぜなら、子宮内膜症の自然経過をより深く理解することなしには、より良い治療法や診断法を開発することは不可能だからです。しかし、女性が治療を受けられなければ、どんなに医療技術が進歩しても、結果は変わりません。子宮内膜症の治療結果を改善するには、すべての政府が、ケアの過程における測定可能な目標や介入策だけでなく、女性、痛み、月経を取り巻く文化を変える必要性にも取り組む必要があります。
原文記事:Endometriosis: addressing the roots of slow progress - The Lancet