ギャンブル:有害な商品
ギャンブルは、スポーツ観戦やスクラッチカードのような無害な楽しみと思われがちです。しかし、ギャンブルは心身の健康に害を及ぼし、社会を広く損ないうるものです。ある研究によると、過去1年以内にギャンブル依存症になったことがある人は、世界の成人の0.1~5.8%に上るとされます。質調整生存年数で測定すると、いくつかの国ではギャンブルによる弊害の負担は、うつ病やアルコールによる害と同様で、そのほとんどが経済的損失、人間関係や健康へのダメージ、精神的苦痛、仕事や教育への悪影響を及ぼし、すでに健康状態の悪い人々に対して特に大きな影響を与え、社会的・健康的不平等を深めています。
英国国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Care Excellence)は、喫煙や飲酒と同様に、患者がギャンブルをしているかどうかを尋ねることを医療専門家に推奨するガイダンスを作成しています。この方針は、治療や支援を必要とする可能性のある人を特定するのに役立つでしょう。しかし、ギャンブルへの取り組みは、個人の責任に向けられ、上位のシステム政策を変えなければならないことを軽視する傾向があります。それはどうしてでしょうか。その大きな理由は、ギャンブル産業がタバコやアルコールなど他の有害産業が、実効力のある規制を回避するための戦術を採用しているためなのです。
ギャンブルに対して予防と害の軽減を中心とした、市民を対象とする公衆衛生からの取り組みが必要であることは、以前から認識されていました。商品、広告、マーケティングの規制、ギャンブル商品の購入、入手のしやすさ、地理的位置の規制、課税はすべて、取り組むうえでの役割を果たすことができます。しかし、The Lancet Public Healthに掲載された2018年から2021年までのギャンブル法に関する世界的なレビューによると、分析対象となった国・地域の80%以上が現時点でギャンブルを合法的に認めており、ほとんどの防止策は個人の責任に焦点を当てています。
数十年にわたってギャンブル業界から資金提供を受けた研究は、ギャンブルの害に関して独立し、しっかりとしたデータを生み出すことを妨げてきました。ギャンブルから身体的危害へ至る因果経路は、喫煙や飲酒の場合よりも複雑ですが(ギャンブル産業は、ギャンブルが健康に与える影響に関する報告を弱体化させるために、この事実を利用しています)、例えば、ギャンブル依存症患者の自殺リスクが増加することについては、確固とした独立したデータがあります。GambleAwareのようなギャンブル教育と治療に専念する慈善団体への業界による資金提供は、ギャンブル業界がギャンブルはあたかもコントロールできるものであるとし、業界が社会のために良いことをしているような見方を植え付けます。
11月13日から19日まで英国とアイルランドで開催される「セーフ・ギャンブル・ウィーク」は、ギャンブル依存症患者が自己管理能力を身につけ、安全にギャンブルを行えるようにするとしていますが、個人の責任に焦点を当て、ギャンブルの害は特定のグループに限定されるものとした主張をしています。しかし、この枠組みは業界の支援によるイニシアティブであり、ギャンブルに手を染めることや促進要因にはほとんど触れていません。低所得の若者や社会から疎外されたグループなど、ギャンブル障害のリスクが高いグループもありますが、ギャンブルに対する疫学的状況は変化しており、有害なギャンブルに手を染める女性や青少年が増えています。
また、ギャンブル産業が喧伝する無害なギャンブルとギャンブルによる弊害の二項対立は単純化されすぎており、いわゆる低リスクや中リスクのギャンブラーがギャンブルに伴う弊害の大部分を占め得ることが調査で明らかになっています。ギャンブル産業が自ら作り出した問題に対する解決策を、ギャンブル産業が共同創造し実施することは、道徳的におかしいと思うべきであり、間違いなく失敗に終わるものです。ギャンブルの広く機会をとらえた広告とマーケティング、特にスポーツとの関連は、厳しく規制されてきたタバコやアルコールの広告に取って代わっています。政府もまた、非常に収益性の高い業界の税収から利益を得ているため、ギャンブルへの対策が進まないのは驚くことではありません。
ギャンブル産業は革新によって、規制の緩い新たな市場への進出が可能となっています。ブラジルはオンライン・ギャンブルの第3の市場になり、アフリカでは合法ギャンブルの収入は過去10年間で約3倍になりました。オンライン・ギャンブル、スマートフォンの普及、新しいオンライン・ギャンブル・プラットフォーム、ギャンブルのゲーミフィケーション(注)は、これらの商品を輸出する肥沃な土壌を提供しています。
ギャンブルによる健康被害は、個人の意志力やコントロールの問題ではなく、執拗な利益誘導策略の結果なのです。このため、タバコやアルコールの規制で用いられた取り組みに基づく、強固で広範な規制と法規制が必要となっています。健康の商業的決定要因を理解することは、法規制実行の枠組みに寄与します。ギャンブルは有害な産業として扱われる必要があるのです。
(注)ゲーミフィケーションとは、マーケティングの手法の一種で、ゲームが本来の目的ではないサービスにゲーム的要素を組み込むことで、ユーザーのモチベーションやロイヤリティを高めることである。ゲーミフィケーション(英: gamification)は、コンピュータゲームのゲームデザイン要素やゲームの原則をゲーム以外の物事に応用することを言う。(出典Weblio)