WHO地域事務所のモラルを守る

世界の健康は危機に瀕しています。格差の拡大、非感染性疾患による負担の増大、将来のパンデミックの危険性は、気候危機と複数の地政学的紛争によってさらに深刻化しているのです。エイズ、結核、マラリアは、女性と子どもの予防可能な死亡とともに、依然として緊急の課題です。食糧不安が大きくなっています。それと共に、保健医療への首尾一貫する資金援助は、絶えず脅かされています。WHOは、健康を守り向上させることを専門とする唯一の合法的な多国間機関であり、その実効性のあるリーダーシップは極めて重要です。しかし、WHOの6つの多様な地域の問題に対応しながら、世界的な優先事項とのバランスをとることは難しい課題です。強力な地域事務所と国別事務所の重要性はますます高まっていますが、その将来には心もとない懸念があります。各地域と国別の優先事項に効果的に対応するためには、地域のリーダーシップとガバナンスをどのように改善すべきなのでしょうか?

来月、WHOの6つの地域事務所のうち、西太平洋、東南アジア、東地中海の3つの地域で、WHO地域局長の選挙が行われます。この選挙は5年ごとに行われ、候補者は各地域の加盟国によって推薦され、各地域が選挙プロセスを自主的に管理します。候補者選考プロセスの不透明さや、その結果としての候補者の適性について、懸念が提起されているのです。このような懸念は、選挙プロセスと、選出されたWHO地域事務局長の将来的な信頼性の両方の法的な正統性を損なう恐れがあります。今週号の『ランセット』誌に掲載されたワールド・レポートでは、東南アジア地域のWHO理事候補者の一人が首相候補者の娘であるという、明らかに縁故採用であるとの批判を紹介しています。このような例は、WHOの指導者の人格に対する信頼を損なうものです。いくつかの地域事務所は、透明性と信頼を高めるために変更を加えたところもあります。例えば、西太平洋地域では、候補者が公約を発表できるライブの公開フォーラムを導入しました。

適切でない候補者の選出は、WHOの地域事務局の運営に深刻な影響を及ぼします。2023年3月、WHOは当時西太平洋地域事務局長であったカサイタケシ氏を、職員に対する不適切な言動を理由として解任する決定を行いました。どのような審査プロセスも完全無欠を保証することはできませんが、推薦された候補者の精査を強化する機会を設けることで、技量や人としての誠実さにおいて必要な水準に悖る人物が選出されるリスクを最小限に抑えることができるでしょう。しかし、候補者との公開面接のような選挙プロセスの改革は、まだ広く支持されるには至っていません。

さらに悪いことに、男女平等のうたい文句にもかかわら ず、グローバル・ヘルスの指導者層では、依然として男性の割合が高いままです。東地中海地域事務局長に指名された6人の候補者のうち、女性はわずか1人だけです。このようなジェンダー不平等は容認できるものではありません。UN (国連)Womenの報告書によると、COVID-19の大流行中、指導的地位に占める女性の割合が高い国は、国民所得に関係なく、割合が低い国よりもジェンダーに配慮した政策を多く採用していたと結論しています。WHOは2003年にジェンダーのバランスに関する決議を採択しましたが、20年経った今も、その進展は恥ずべきほどに遅々として進んでいません。WHO地域の選挙プロセスにおけるジェンダー不平等に対処するための政策、たとえば男女交代制や女性だけの委員会などは、真剣に検討するに値するものです。

良いガバナンスが重要であることは、地域事務所が保健において果たす必須の役割にあります。ジュネーブのWHO本部に集約された権力は、世界的な規範の設定や、COVID-19のような危機の際に重要な役割を果たします。しかし、地域からの視点に価値があることは誇張しすぎることはありません。シャノン・K・オニール(Shannon K O'Neil)が著書『The Globalization Myth: Why Regions Matter(グローバリゼーションの神話:なぜ地域が重要なのか)』(イェール大学、2022年)の中で論じているように、「私たちは、自分たちに最も近い人たちと協力することで、より良い結果を得ることができる」のです。

地理は依然として重要な要素です。近隣諸国と協力することで、学習、パートナーシップ、政策、実践に向けた強固で永続的なつながりを構築することができるのです。グローバル・ヘルスの優先事項を地域の事情と擦り合わせることで、地域内の国々の活動と関与の向上を実現することができます。地域事務局は大きな力を持ち、世界の意見を語る場で地域を代表することができるのです。

また、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの進捗を加速させ、紛争時の保健・人道緊急事態に対処し、気候変動対策をめぐる政治的な機微を乗り切るために、地域事務所が直面する課題には、技術的な専門知識に加えて、しっかりとした政治的、外交的、コミュニケーション・スキルが求められます。独立性と誠実さに対する地域事務所の評判は、活動を迅速なものとする能力の根源なのです。今こそ、WHO地域事務所ディレクターの選挙に一層真剣に取り組む時なのです。

原文記事:Protecting the integrity of WHO's regional offices - The Lancet

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