癌研究の公平性:少数ではなく多数のための革新
がん研究は、大成功を収めたイノベーションが続いています。毎年、一段と優れた治療薬が登場しています。CAR-T細胞療法などの新しい医療技術によって治療成績が向上し、がんに対する理解はかつてないほど進みました。しかし、世界的に見ると、がんによる死亡者数はわずか10年あまりの間に40%も増加しているのです。新たな推計によると、2050年には3500万人以上のがん患者が新たに生じると予測されており(2022年の2000万人から77%の増加)、そのほとんどは人間開発指数が低いか、または中程度の国々です。2月4日の世界がんデーは、がん研究の大きな進歩を祝うとともに、こうした進歩がすべての人に行き届いていないことを認識する機会でもあります。
3年連続となる今年のテーマは、がん医療における根強い格差に焦点を当てた「Close the Gap(格差をなくそう)」です。このような格差の大部分は、社会経済的不平等と同様に、がん医療サービスの利用が普及していないことと、実効性のある公衆衛生政策を実施しようという政治的意志の欠如によるものなのです。しかし、研究は世界中のがん患者のニーズによりよく応えることができるでしょうか?
その第一歩は、患者の利益を最大化するために、研究の優先順位を再調整することです。がん治療薬の開発は極めて重要です。しかし、研究課題を担う製薬会社は、世界中の大部分の患者にとって利用しやすくもなく、手頃な価格でもない新薬や高度な治療法(細胞治療や遺伝子治療など)に重点を置くようなインセンティブを受けています。こう述べたとしても、すべての人があらゆる環境で最も効果的な治療を受けられるようにする必要性を問題視しようということではありません。健康の公平性は、最良のがん治療を受けられることの公平性が必要なのです。しかし、がん研究のエコシステムの構造とは、治療の漸減や認可された薬剤の再活用など、患者に大きな利益をもたらすことができ、診療実践を変える簡単な革新的技術の研究が軽視されていることを意味します。
さらに、規制当局の承認やビジネス上の優位性を得る必要性から、多くのがん研究は短期的なエンドポイントでデザインされ、統計的有意性が優先されています。Common Sense Oncology誌が指摘するように、新しい抗がん剤を目指すあまり、手術や放射線治療など、さまざまな取り組みが犠牲になっています。手術と放射線療法は、(固形腫瘍の治療における重要性を考慮すれば)抗がん剤よりも多くの患者を治癒させることができるにもかかわらず、研究資金ははるかに乏しいのです。
がんの治療成績が最も悪い国々では、がんの対策によって最大の利益が得られるにもかかわらず、低・中所得国(LMICs)では高所得国(HICs)に比べて研究が活発ではありません。がんの転帰の格差を是正するためには、この状況を変える必要があります。多くの患者が不治の病と診断されていますが、早期診断、がん検診、緩和ケアサービスの研究から多くの恩恵を受けるでしょう。例えば、前立腺がんの男性のほとんどが晩期がんと診断されるアフリカで、集団ベースの前立腺特異抗原検査の有効性が評価されたことはありません。研究対象集団は主にHICsの白人の先祖を持つ患者であり、生物学的、文化的、環境的な差異を注意深く考慮しなければ、その結果が必ずしも一般化または援用できるとは限らないのです。がん対策ツールを地域の状況に適応させるためには、地域についての専門知識と理解が必要であり、不用意な実施によって転帰が悪くなる可能性もあるのです。
このような変化を創り出すには、国際的な研究主導の枠組みにおいて、より公平な資金を提供し、顧みられない優先研究を支援するだけでなく、LMICsにおけるがん研究のインフラと能力を強化することが必要です。国際的な共同研究グループは、営利組織が関心を持ちえない臨床的に重要な問題を対象とした医師主導治験の資源を提供することができます。国際的な臨床試験や、欧州がん研究治療機構や米国国立がん研究所の協力グループのような共同研究グループの数が増加していることは、心強い兆候です。しかし、道のりはまだ長いと言わねばなりません。
おそらく、がん研究におけるイノベーションの概念を再定義する必要があるでしょう。既存の治療法の利点を最大限に生かすことを柱とした革新は、すでに妥当な標準治療がある適応症に対して、また高価な薬剤を開発するよりも、おそらく患者ケアにおいてはるかに大きな効果をもたらすでしょう。革新的な協力関係が助けになります。革新的な行動の提唱は、より公平ながん医療の推進に役立ちます。このような精神に基づき、ランセット・グループは今年、In Focusイニシアチブを通じて、世界中の患者の生命に直接の恩恵をもたらすという公約を新たにし、形態の如何を問わず革新的研究を優先させたがん領域を優先課題として設定しています。
原文記事:Cancer research equity: innovations for the many, not the few - The Lancet