生物多様性の損失:健康の危機

地球は、生物多様性の不可逆的な損失という重大な限界点に近づいています。世界の指導者、環境活動家、著名な研究者が、生物多様性条約第16回締約国会議(COP16)に出席するためコロンビアに集まりました。その目的は、2030年までに生物多様性の損失を食い止める画期的な合意です「昆明・モントリオール世界生物多様性枠組み」の進展を推進することです。緊急を要するにもかかわらず、85%以上の国がサミットに先立って新たな生物多様性に関する国家公約を打ち出すことができませんでした。なぜこれがThe Lancetの読者にとって興味深いのでしょうか?生物多様性の損失は、極めて重要な健康問題であるからです。

人間活動による大量絶滅が進行中です。2024年の「生きている地球レポート」によると、野生生物の個体群の平均サイズは、わずか50年間で73%も縮小しており、ラテンアメリカおよびカリブ海地域(95%)、アフリカ(76%)、アジア太平洋地域(60%)、淡水生態系(85%)で最も急激な減少が見られています。推定値は様々ですが、種の絶滅率は自然のベースラインよりも10~100倍高いと考えられています。この種の急速な喪失は、人口過剰、生息地の破壊、搾取、気候変動といった人為的要因によって引き起こされています。工業化社会は長い間、自然界に対して収奪的でありました。生態系を利益のために搾取し消費する資源とみなしてきたのです。しかし、この追求において、私たちが破壊している生態系こそが私たちの生存の鍵であることを無視しています。

その証拠は否定しようのないものです。生物多様性は私たちを支えています。私たちが食べる食物、飲む水、呼吸する酸素を支えているのです。生物多様性の変化を含む人為的な環境変化は、感染症の発生リスクを高めています。新興感染症の75%は動物由来感染症と考えられており、多くの場合、生態系が破壊された場所で発生しています。COVID-19の大流行は、生物多様性の喪失と人間の健康とのつながりが不安定になったことを浮き彫りにしています。生態系の完全性を維持することは、人獣共通感染症の発生を抑制し、人間の健康、経済、社会への被害を防ぐために極めて重要です。

ペニシリンはPenicillium chrysogenumというカビから、モルヒネはケシから作られています。がん治療薬の70%は天然由来か、あるいは自然から着想を得た合成化合物であり、世界保健機関WHOが基本かつ必須薬と位置づける薬物のうち、少なくとも10分の1は花植物由来です。さらに、WHOの推定では、世界の人口の80%以上が何らかの伝統医療を利用しているとのことです。おそらく数百万種もの未発見の生物種が存在し、その多くは科学的に命名される前に、薬効の研究はおろか、絶滅してしまうでしょう。一体どんな驚異が失われているのか、誰が知るというのでしょうか? 私たちは、それらの薬の源である自然そのものを保護しなければ、その事実を知ることはできません。

生物多様性は、精神と感情の健康にとっても重要です。 自然の多様性が高い緑地は、そうでない緑地よりも精神衛生上のメリットが大きいことが示されています。 多くの先住民コミュニティにとって、生物多様性の喪失が心身の健康に及ぼす影響は特に重要です。世界中の生物多様性の80%は先住民によって管理されており、これらの地域社会は生物多様性の保全の最前線にあります。2021年の画期的な判決が下されたエクアドルでは、地球上で最も生物多様性に富む地域のひとつが、森林伐採や採掘から保護するために法人格が与えられました。工業化による都市化が進み、自然空間が縮小するにつれ、個人や地域社会の心理的負担や身体的健康リスクは増加します。

生物多様性を保護すべきだという倫理的・道徳的な主張は根強くあります。地球は生命体が存在する唯一の惑星であるかもしれません。絶滅する種は、40億年におよぶ進化の過程で築き上げてきた独自の生活様式、そして人類全体の遺産の一部を失うことを意味します。生物多様性の損失は、何世代にもわたって受け継がれてきた文化的なつながりや伝統的知識を散逸させます。しかし、人類社会とその健康が生物多様性に根本的に依存していることは、見過ごされてきました。皮肉なことに、人類を守るためには、世界の中心に人類を位置づける考え方から離れなければならないのです。自然や生物多様性に法的権利を付与する動きが活発化していることは、自然との関係を再調整する方向性の一つになり得るでしょう。コロンビアで開かれる会議のリーダーたちは、健康の根本的な前提条件として生物多様性の保全を優先させるべきです。COP16で下される決定は、何百万種もの生物に影響を及ぼすものであり、私たち自身にも少なからず影響を与えるものです。

原文記事:Biodiversity loss: a health crisis - The Lancet

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